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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)1196号 判決 1961年10月06日

原告 川守幸夫 外五名

被告 国

訴訟代理人 武藤英一 外三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告の申立)

一、被告は原告らに対しそれぞれ次の金額を支払え、

(一) 原告川守幸夫に対し金三六五円。

(二) 原告小久保才一に対し金六九五円。

(三) 原告井上五郎に対し金五、六六〇円。

(四) 原告山口貴美子に対し金三、二〇五円。

(五) 原告蓑田レイ子に対し金三、六四五円。

(六) 原告金子信夫に対し金三、三九〇円。

二、被告は、昭和三五年三月分から、厚生省第二共済組合の定款改正によつて、同定款に長期給付の掛金が定められるまで、原告らに対して毎月支払う給与から、同組合の長期給付の掛金として、次の金額を控除してはならない。

(一) 原告川守幸夫、同小久保才一については、給与月額の一〇〇〇分の三五を超える掛金額。

(二) その余の原告らについては掛金全額。

三、訴訟費用、被告の負担とする。

との判決並びに第一項につき仮執行の宣言を求める。

(被告の申立)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二、原告らの請求原因

一、原告らは、いずれも厚生省所管の国立病院または国立療養所に勤務し、被告から給与の支払を受けている国家公務員であり、厚生省第二共済組合(以下単に所属組合という)の組合員である。

二、原告らのうち、川守幸夫および同小久保才一は、昭和三三年法律第一二八号国家公務員共済組合法の全部を改正する法律(以下単に法という)の施行にともない、昭和三四年一月一日から、その余の原告らは、同年法律第一六三号国家公務員共済組合法の一部を改正する法律の施行にともない、同年一〇月一日から、それぞれこれら法律の長期給付に関する規定を受けることとなつた。

三、ところで、原告らの給与支給機関は、原告ら所属組合の組合員の俸給と掛金との割合すなわち掛金率が、昭和三四年一〇月一日から俸給の一〇〇〇分の四四に変更されたとして、法第一〇一条第一項にもとづき、同年一〇月から、別紙一覧表のとおりの金額を、毎月の掛金として、原告らの給与から控除しており、昭和三五年二月までの掛金合計は同表記載のとおりである。

四、しかしながら、法第一〇〇条第二項および第六条によれば、給与支給機関の控除しうる掛金は、原告ら組合員の俸給を標準として算定するものとし、俸給と掛金との割合は組合の定款をもつて定めることを規定している。ところが、原告川守、小久保の所属組合の定款は、昭和三四年四月一日から、その揖金率を俸給の一〇〇〇分の三五と定めたのみで、同年一〇月一日から一〇〇〇分の四四とする旨の変更はされていない。その余の原告らの所属組合の定款には、組合員の長期給付の掛金と俸給との割合について、何ら定めていない。

五、したがつて、原告らの給与支給機関が別表のとおり控除したことおよび昭和三五年三月から同様にして控除することは違法であり、原告川守幸夫および同小久保才一は別表記載の差額につき、その余の原告らはその全額につき、いずれも被告から俸給の支給を受けていないというべきである。

六、よつて原告らは被告に対して、いまだ支給を受けていない右金員の支払を求め、あわせて昭和三五年二月から前叙のような違法な控除の差止を求める。

第三、被告の答弁

一、原告ら主張の請求原因事実のうち、第一ないし第四項の事実は認める。ただし別表原告井上五郎の掛金徴収の基礎となる俸給は二三、七一〇円で一か月の共済組合の掛金は一、一二六円である。その余の事実は争う。掛金率は国家公務員共済組合連合会(以下単に連合会という)の定款をもつて定めるべきものである。

二、原告らの所属組合は、連合会に加入した組合であるが、法第一〇〇条第二項および第四一条第一項(かつこ内の読みかえ規定)によればかような連合会加入組合に所属する組合員の長期給付にかかる掛金率は、連合会の定款のみをもつて定めるものとされている。そして連合会は、昭和三四年一〇月一四日定款の一部を改正し、その掛金率を一〇〇〇分の四四と定めて、同月一日からこれを適用することとし、この定款の変更は同月一四日大蔵大臣の認可を受けて、その効力を生じた。したがつて原告らの給与支給機関が、原告らの俸給から、その主張の掛金を控除することは当然の職務であり、違法ということはできない。

なるほど、法第六条第一項は、「給付および掛金に関する事項」を組合の定款の必要的記載事項として規定しているのに反し、法第二四条第一項は、連合会の定款の必要的記載事項として、単に「長期給付の決定および支払に関する事項」と規定するに止まるから、これら条項からみると、連合会の定款には掛金に関する事項を欠いているかのように見えないでもないが、だからといつて原告らの主張するように、所属組合の定款に掛金率が記載されないかぎり、それが有効でないとはいえないのである。けだし、法第一〇〇条第二項および第四一条第一項によると、長期給付の掛金に関する事項は、連合会の定款の記載事項とされているとともに、その掛金率は、連合会の定款によつてのみ決定されることが明らかにされているからであり、この点からみると、法第六条第一項が掛金に関する事項を掲げているのは、大きな意義を有するものではなく、これを公告し、その周知徹底を計ろうとする程度の意味しかないからである。換言すれば、長期給付の掛金率は連合会の定款によつて定められた以上、組合の定款にかかげられなくともその効力の発生に影響なく、給与支給機関はこれにもとづいて、適法に掛金を控除しうるものである。

これらのことは、法の明文からばかりでなく、制度の実体からも明らかである。すなわち、もともと長期給付の制度は、国家公務員の退職、廃疾、死亡等に際し、当該公務員もしくはその遺族の生活の安定をはかることを目的とした保険制度であるが、法は連合会加入組合の事業のうち長期給付の決定および支払ならびに責任準備金の管理および運用を連合会が当然行うこととし、連合会は、いわば保険者の地位に立ち、連合会加入組合の長期給付について統一的な保険計算を行なつているわけである。この点、昭和三三年法律第一二八号による全文改正前の旧法において、各組合が法律的に保険者であり、単にその長期給付の実施を連合会に委託していたのとは、大いに異なるのである。

第四、被告の答弁に対する原告らの主張

法第二四条第一項が、連合会の定款の必要的記載事項として、掛金に関する事項を規定していないのに反し、法第六条第一項が、これを組合の定款の必要的記載事項として規定しているところからみると、掛金率は組合の定款によつてのみ決定され、連合会の定款によつて決めなければならないものでない趣旨と解しなければならない。このことは、法第二一条が、連合会は、長期給付に関する事業のうち、給付の決定および支払のみを行うこととしていることからも明らかである。

法第一〇〇条第二項は第四一条第一項によつて、掛金率を「連合の定款で定める。」と読みかえるのではなく、連合会で掛金の基準を決定しても、さらにこれを組合の定款で定めるのでなければ、掛金率が適法に決定されたものといえないという趣旨に解すべきである。かりに右を「連合会の定款によつて定める。」と読みかえるとしても、法第六条第一項に前記のような明文があるかぎり、連合会と組合との双方の定款に定めなければ、その率による掛金の控除が適法とならない趣旨と解すべきである。

いうまでもなく、共済組合は、組合員相互の救済を目的とし、その運営は自主的に行なわれることを原則とするから、法も給付の掛金を定款の必要的記載事項とし、その変更は組合員である委員をもつて構成する運営審議会の議を経ることとし、長期給付のプール計算には、組合員の同意を要することとしているのである。かような制度の目的あるいは運用の仕方からいつても、法が掛金を組合の定款の必要的記載事項としているのは、あながち無意味とはいえないのである。

第五、証拠関係<省略>

理由

一、原告らが、いずれも厚生省所管の病院または療養所に勤務し、被告から給与の支給を受けている国家公務員であり、厚生省第二共済組合の組合員であること、原告らのうち、川守幸夫および小久保才一が、法の施行にともない、昭和三四年一月一日から、その余の原告らが、同年法律第一六三号国家公務員共済組合法の一部を改正する法律の施行にともない、同年一〇月一日から、それぞれこれら法律の長期給付に関する規定の適用を受けることとなつたこと、原告らの給与支給機関が、原告らの長期給付の掛金率が同年同月同日から俸給の一〇〇〇分の四四となつたとして、同月から原告らの給与から、毎月の掛金として、別紙一覧表のとおりの金額を控除し、昭和三五年二月までの掛金合計が同表記載のとおりとなつたこと、(ただし原告井上の分については争があり、同原告の控除額の計算も合わないところがある。)原告ら所属組合の定款に、昭和三四年四月一日から、長期給付の掛金率を俸給の一〇〇〇分の三五とすると定められ、その後これが変更されていないことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、原告らは、その所属組合の定款が長期給付の掛金率を一〇〇〇円分の四四とする旨変更されていないのに、原告らの給与支給機関が、この掛金率によつて、原告らの掛金を控除することは違法であると主張するのであるが、この主張は次の理由により採用しがたい。

すなわち、法第一〇〇条第二項および第四一条によれば、原告ら所属組合のような連合会加入組合(法第二一条第一項、施行令第一〇条)に属する組合員の長期給付にかかる掛金率は、連合会の定款をもつて定めることとされている。ところが連合会の昭和三四年一〇月一四日定款の一部を改正して、同月一日から適用すべき掛金率を一〇〇〇分の四四とし、同月一四日大蔵大臣の認可をえてその効力を生じたことは、原告らの明らかに争わないところである。

もつとも、法第六条第一項第六号は、「給付および掛金に関する事項」を組合の定款の必要的記載事項としているのに反し、法第二四条第一項は連合会の定款の必要的記載事項としては、その第六号に、単に、「長期給付の決定および支払に関する事項」と規定するだけで、掛金に関する事項にはなんら触れてはいない。原告らはこの点をとらえて、掛金率は、組合の定款でのみ決定され、連合会の定款で決定されるものではないと主張する。定款のもつ法律上の性格から考えると、この解釈にも、形式の上では一応傾聴すべきものがあるように思われる。

しかしながら、前に述べたように、法第一〇〇条第二項同第四一条が加入組合の長期給付にかかる掛金率を連合会の定款で定めることにしていること、ならびに次に述べる長期給付に関する他の法条を見窮めるとき、右の主張を採用する実質的根拠の乏しいことを発見する。ほんらい、長期給付の制度は、国家公務員の退職、廃疾または死亡等に際し、その公務員もしくは遺族の生活の安定と福祉の向上をはかる保険制度であるということができるが、法施行前の旧法においては、改正後の長期給付にあたる退職給付等の支給に関する事業は、各組合の事業とされ、掛金率は組合の運営規則で定められるものとされており(旧法第六八条)、連合会はその加入組合から、右の退職給付の支給に関する事務を委託されて行なうものであるに過ぎなかつた(旧法第六四条の二)から、保険者は各組合であつた。これに反し、法(新法)は連合会加入組合の事業のうち、長期給付の決定および支払ならびに長期給付に充てるべき積立金すなわち責任準備金、および支払金の余裕金の管理および運用を連合会の主な事業とし(法第二一条)連合会加入組合の責任準備金の積立を連合会に命じ(法第三六、第一八条施行令第九条、同第七条の二第一項)、長期給付に要する費用は、加入組合を組織する職員を単位とし、加入組合の最近数年間における施行令第一二条第二項各号に示す事項を基礎とし、費用の予想額と、掛金および負担金等の額とが、将来にわたつて財政の均衡を保つことができ、かつ、毎事業年度の掛金と負担金との額が平準的になるように定めることを要求し(法第九九条、施行令第一二条、同第一二条の二)、組合の給付に要する費用で国の負担すべきもののうち、加入組合にかかる長期給付の事務に要する費用は、大蔵大臣が直接連合会に払い込むこととし(法第一〇二条第一項)、加入組合は、給与支給機関が、組合員の給与から控除して払い込んだ組合員の掛金、もしくは、国又は職員団体から払込まれたその負担金を、それらの払込あるごとに、連合会に払い込まなければならないこととしている(法第一〇一条第四項、同第一〇二条第三項、施行令第一三条)、こうして法は連合会が保険者であることを明らかにするとともに、長期給付に関する事業の主体は連合会であつて、組合ではないことを明らかにしているということができる。

このようにみてくると、長期給付の掛金率の決定は、連合会がこれをなすべきものであり、その掛金率は、連合会の定款に定めれば足りるものと解すべきであつて、その変更があれば、加入組合の定款の変更がなされない場合でも、連合会の定款によつて決められた掛金率にもとづいて控除することは、なんら違法とならないというべきである。そして、法第六条第二項の適用をうける関係での同第六条第一項第六号にいう「掛金に関する事項」とは、連合会に加入していない組合における長期および短期の給付に関する掛金、ならびに加入組合の短期給付に関する掛金をいうもので、連合会に加入している組合の長期給付にかかる掛金は含まないと解すべきである。加入組合の長期給付にかかる掛金について定款に定むべき事項から特にこれを除外しなかつたのは、その事柄の重要性から、加入組合の組合員に周知徹底させることを目的としたものとみるのが相当である。したがつて、連合会の定款にかかげるとともに、組合の定款にもそうするのでなければ、本件長期給付の掛金率が適法に決定されたといいえないという原告らの主張も、採用できない。

もちろん、原告のいうように、共済組合は組合員相互の救済を目的とし、その運営もできるかぎり自主的に行なうことを建前としているから組合の定款の変更は、組合員である委員をもつて構成する運営審議会の議を経ることとしているのである(法第一〇条)が、連合会の定款の変更についても、加入組合を代表する組合員をもつて構成する評議員会の議を経ることとしている(法第三五条)から、定款の変更、したがつて掛金率の変更について、組合員の意思が反映しないとはいえず、この点から自主的な運営が崩壊するとはいえない。

以上みてきたとおりであるから、原告らの給与支給機関が、原告らの給与から、長期給付にかかる掛金を、別紙一覧表のとおり控除したことが違法であることを前提とする原告らの請求は、いずれも失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 飯原一乗 斉藤昭)

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